My story1

My story1

私が生まれたのは、東京の板橋。

父と母と五つ離れた

兄と、そして

 

わずかな股関節形成不全と、

内気さを選んで、

生まれてきました。

 

股関節形成不全は、

実はそんなに

大したことはなかったものの

 

念のためということで、

何ヶ月か固定用の

ギプスをしていたそうです。

 

母はかなり

気に病んだよう。

 

板橋はその頃空気が悪く

母はよく兄と私を連れて

埼玉の方へ

良い空気を吸わせに行ったり

していたそうですが

 

結局子供のためにと、

私が3歳の時

横浜へ引っ越し。

 

小さい頃は

近所の子供がよく

遊びに来てとても

賑やかでありながらも

私の内気さは

あいかわらず

ひどいものでした。

 

普段一緒に遊んでいる

近所のお姉さんが、

保育園でトイレの前で

遊んでいる。

 

そうするともう、

その前を通って

トイレに行くことが

恥ずかしくて出来ない。

 

親戚が遊びに来ても

挨拶に行けず、

やっと帰る頃になって

顔を見せられる

という具合。

 

そんな私を心配した母が

オルガン教室に入れたのが、

私の音楽の始まり。

 

音楽に出会えたのは

内気さのおかげでした。

 

小学校の低学年の頃は、

一人で耳鼻科に

出かけたものの、

恥ずかしくて

診察券が出せない。

 

今思うと

不思議なくらいの内気さ!!!

 

しかし実は、家では

よく言う内弁慶で

外であったことを

全て母に話す子供でした。

 

小学校で喧嘩をして

帰ってきたり

正義感が強くて

クラスメイトに説教したこともあり

ただの内気なだけではないと

母は思っていたそうです。

 

しかし授業中に

手を挙げたりは

全くできなかったですね。

 

内気さのおかげで、

母は、この先私がなんとか

自分のできることを見つけて

無事生きていって

くれればと、

娘への期待のハードルを

下げていたようでした。

 

今思えばその

ハードルを下げてもらうために

内気さを選んできたのかな

とも思います。

 

そう、この頃は

内気というのは

自分が生まれ持った性格で、

絶対変えようのないものだと

思っていました。

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